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2019-03-04

紀州徳川家~和歌山城

名古屋城は西の国々が攻めてくることを警戒して築城されました。いっぽう、徳川御三家のひとつ、紀州徳川家の和歌山城は「南海の鎮(しずめ)」として西日本を監視する役目を担っておりました。

もとは、豊臣秀吉が築城、普請は築城名人、藤堂高虎。

元和5年(1619)から、徳川家康の十男・頼宜が55万5千石を拝領して入国。御三家、紀州藩が成立。

その後、八代将軍・吉宗、十四代将軍・家茂を紀州から輩出。

和歌山城の連立式天守は、姫路城、松山城とともに「日本三大連立式山城」に数えられる。

天守閣は落雷で一度焼失して再建され、その後戦争で焼失、名古屋城と同じく鉄筋コンクリートで復元された3代目になります。

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